買取事例
【掛軸・骨董品の買取査定:大阪狭山市】遺品整理のご依頼でご来店いただきました。
2023年8月4日(金曜日)
藤美堂店主です。
掛軸・骨董品(古美術品)の買取査定で大阪狭山市からご来店いただきました。ご依頼品は年代ものの掛軸と茶道具です。
御爺様がお持ちだった掛軸や骨董品の整理をしたいということでご来店されました。遺品整理のご依頼はコロナ禍以降、非常に増えてきています。鑑定だけ、査定だけして欲しいというご要望も多く、藤美堂では幅広く対応しております。
遺品整理の中でも特にご依頼が多いのは掛軸です。掛軸の歴史は古く、もともとは仏教を布教するのが目的でつくられたと言われています。日本では主に平安時代から、中国では宋の時代からというのが妥当でしょう。ですので、年代物の掛軸としての代表格は仏画になります。
掛軸でも年代物の仏画となりますと非常に高価で、人気の曼陀羅などになってくると数百万円を超えるものもあります。古い時代の掛軸には昔の僧侶が重宝した経典なども多く、各宗派のものがあります。時代があればあるほど、非常に高価です。
仏画(掛軸)の場合は作者が誰か分からないものが多いのですが、仏像も同じで、いつの時代につくられたか?というのが価値としては重要な要素になります。時代を遡れば遡るほど価値があります。年代物の代表格といえるでしょう。
過去に室町期以前の仏画であると査定させていただいた年代物は、確からしいというだけで数十万円はくだりません。より慎重な取り扱いをすれば、より高額になることもあるのです。ただ、一般のご家庭からぽんと出てくるというケースが少ないのも仏画の特徴ですので、一般のお宝としては縁遠いかもしれません。
今回ご依頼の掛軸は、江戸時代末期のものであろうと推察できる仏画でした。両界曼荼羅というやつですね。一見、だいぶ古くは見えるのですが、表具や、寸法、描き方はその特徴から、江戸期以降と査定できます。非常に値打ちのあるもので、高額査定です。また、状態も良かったのがGOODでした。とても素晴らしい美術商の方からい御爺様はお買い求めになったのだと思います。今年の一般査定の中では指折りの物だと思います。
続いて、年代物の茶道具のお話ですが、日本の茶道具の歴史は、室町末期から現代まで約500年もあります。現在でも、室町末期、安土桃山期に使用されていた茶道具は現存します。非常に高価なものになります。茶道具は実用品の側面もありますので、全ての年代物茶道具が美術館・博物館に収蔵されているかというとそうではありません。歴史のある家系で代々引き継がれてきたような茶道具が世の中にはまだまだ眠っています。
そんな年代物の茶道具の中でも中国&李朝(朝鮮)系の道具は非常に高価です。中国は茶道の発祥であり、李朝は利休さんの時代に見立てられた道具の生産地であるからです。年代物は古ければ古い物は稀少性も高く値打ちもあります。中国、唐物の年代物の茶道具や李朝の年代物茶道具は数千万円レベルなので、それをコピーした年代物であってもそこそこ値段はします。よくできた写しものでも数十万円はするものもありますよ。
よく間違える方がいらっしゃるんですが、写し物は写し物として生まれているので、偽物ではないんです。贋作=偽物とは、作者物でも時代物でも「本物(その作者の品、その時代の品)である」触れ込んで販売することであり、そこには悪意がありますね。ただ、悪意がなくても、目が利かずに「これは桃山時代の茶道具だ」と打っているお店も世の中にはいっぱいあるので、そこは買う側が本当に注意しましょう。あとで後悔しないように、信頼のおける美術商(茶道具商)のところでぜひお買い求めください。
茶道具の一つ目のご依頼品は掛軸で五字一行書。掛軸の中でも非常に高価な年代物として代表的なものは茶掛です。この数年でも大徳寺の年代もの掛軸は総じて高価な査定となっています。茶道具の掛軸は茶道空間を決める非常に重要なアイテムなので格式高い骨董品(古美術品)になります。
もう一つは茶入。瀬戸、美濃、唐津あたりの茶入は茶道具国焼の代表格ですね。茶道具市場でも最も高価な茶道具の一つです。今回ご依頼いただいた年代物の茶道具は、先代以前から引き継がれたものだったそうです。ご依頼品の茶入(茶道具)れは非常に景色が素晴らしく、年代価値として高額査定となりました。状態も適度で、保存状態も良い。年代物は作家が分からないものがほとんどで、年代としての価値があるわけです。
その昔、茶入の価値は一国一城に匹敵すると、極限までその価値を高めたのは織田信長であり、豊臣秀吉でした。もっとわかりやすくいえば、政治をするための道具であったといえるでしょう。戦乱の世がおさまってくると、これまで奪った領地で褒美を与えていたのがなくなってくる。そのために茶道具を活用したわけです。茶会を開く権利も与えました。与えられた武将は、自分主催のパーティーを開催できるわけで、招く招かれる関係もできる、ステータスにもなるなど、茶道と政治は切っても切れない仲だったわけですね。
「瀬戸の茶入」。わかりやすくいうと、これは茶入れのエース格ですね。瀬戸の茶入には名器がたくさんあります。唐物の茶入れと同様、瀬戸の茶入はまさにステータスの証とされていました。ですので、今でも、瀬戸の茶入は重宝されておりまして、時代が古い瀬戸の茶入をもって、お偉い茶道教授の茶会は開催されることが多くなっています。
個人的にも茶道具の中では茶入はとても好きです。みかけ以上にずしりとした重みがなんともいえない感じなんですよね。茶入れは何個あっても心が豊かになります。
最近の茶道ではコロナ禍以降は茶入を使う濃茶の儀礼はなくなりつつあるので寂しい限りです。需要がなくなると査定価値も低くなってくるのですが、年代価値はそうそうなくなるもんではないので、根強い高額査定品はまだまだあります。
素敵な年代物茶道具にこれからも出会えることを期待しています。
【作者物の茶道具参照記事】整理売却のご相談で出張訪問いたしました。
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大阪狭山といえば、狭山池が有名です。聞いたことないなぁ?と思われる方!この狭山池、なんと、日本最古のため池です。
ため池とは生活のための池であり、その周りにいつの時代も人が住まい発展してきました。奈良時代の有名な歴史上の人物=行基がつくったと言われています。行基は奈良の大仏を監修した人です。
この狭山池といえば春には桜、秋には紅葉が見られます。池が全長1周3キロもあり、ジョギングコースとしても南大阪では人気があります。
とくに今年の桜の時期にはお花見で賑やかでしたね。
これからは、ちょうど紅葉の時期です。
小さい頃にこの池のまわりを何度か散歩した記憶がありまして、時代が変わっても人がいつく場所はやっぱり居心地が良いんだなぁと思います。
今年の空は狭山池の紅葉を存分に楽しみたいと思います!
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品目区分
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